う、有り合せた縄にかけられて、月明りの往来へ引き据えられてしまいました。その時の平太夫の姿と申しましたら、とんと穽《わな》にでもかかった狐のように、牙ばかりむき出して、まだ未練らしく喘《あえ》ぎながら、身悶えしていたそうでございます。
 するとこれを御覧になった若殿様は、欠伸《あくび》まじりに御笑いになって、
「おお、大儀。大儀。それで予の腹も一先《ひとまず》癒えたと申すものじゃ。が、とてもの事に、その方どもは、予が車を警護|旁《かたがた》、そこな老耄《おいぼれ》を引き立て、堀川の屋形《やかた》まで参ってくれい。」
 こう仰有《おっしゃ》られて見ますと盗人たちも、今更いやとは申されません。そこで一同うち揃って、雑色《ぞうしき》がわりに牛を追いながら、縄つきを中にとりまいて、月夜にぞろぞろと歩きはじめました。天《あめ》が下《した》は広うございますが、かように盗人どもを御供に御つれ遊ばしたのは、まず若殿様のほかにはございますまい。もっともこの異様な行列も、御屋形まで参りつかない内に、急を聞いて駆けつけた私どもと出会いましたから、その場で面々御褒美を頂いた上、こそこそ退散致してしまいました。

        十六

 さて若殿様は平太夫《へいだゆう》を御屋形へつれて御帰りになりますと、そのまま、御厩《おうまや》の柱にくくりつけて、雑色《ぞうしき》たちに見張りを御云いつけなさいましたが、翌朝は※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》あの老爺《おやじ》を、朝曇りの御庭先へ御召しになって、
「こりゃ平太夫、その方が少納言殿の御恨《おうらみ》を晴そうと致す心がけは、成程|愚《おろか》には相違ないが、さればとてまた、神妙とも申されぬ事はない。殊にあの月夜に、覆面の者どもを駆り催して、予を殺害《せつがい》致そうと云う趣向のほどは、中々その方づれとも思われぬ風流さじゃ。が、美福門のほとりは、ちと場所がようなかったぞ。ならば糺《ただす》の森あたりの、老木《おいき》の下闇に致したかった。あすこは夏の月夜には、せせらぎの音が間近く聞えて、卯《う》の花の白く仄《ほのめ》くのも一段と風情《ふぜい》を添える所じゃ。もっともこれはその方づれに、望む予の方が、無理かも知れぬ。ついてはその殊勝なり、風流なのが目出たいによって、今度ばかりはその方の罪も赦《ゆる》してつかわす事にしよう。」
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