云う彼等の不幸に残酷な悪意に充ち満ちた歓びを感じずにはいられなかった。
或東かぜの強い夜、(それは僕には善い徴《しるし》だった)僕は地下室を抜けて往来へ出、或老人を尋ねることにした。彼は或聖書会社の屋根裏にたった一人小使いをしながら、祈祷や読書に精進していた。僕等は火鉢に手をかざしながら、壁にかけた十字架の下にいろいろのことを話し合った。なぜ僕の母は発狂したか? なぜ僕の父の事業は失敗したか? なぜ又僕は罰せられたか?――それ等の秘密を知っている彼は妙に厳《おごそ》かな微笑を浮かべ、いつまでも僕の相手をした。のみならず時々短い言葉に人生のカリカテュアを描いたりした。僕はこの屋根裏の隠者を尊敬しない訣《わけ》には行かなかった。しかし彼と話しているうちに彼もまた親和力の為に動かされていることを発見した。――
「その植木屋の娘と云うのは器量も善いし、気立も善いし、――それはわたしに優しくしてくれるのです」
「いくつ?」
「ことしで十八です」
それは彼には父らしい愛であるかも知れなかった。しかし僕は彼の目の中に情熱を感じずにはいられなかった。のみならず彼の勧めた林檎はいつか黄ばんだ皮の上へ
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