ていた長篇のことを考え出した。それは推古から明治に至る各時代の民を主人公にし、大体三十余りの短篇を時代順に連ねた長篇だった。僕は火の粉の舞い上るのを見ながら、ふと宮城の前にある或銅像を思い出した。この銅像は甲冑《かっちゅう》を着、忠義の心そのもののように高だかと馬の上に跨《またが》っていた。しかし彼の敵だったのは、――
「※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》!」
僕は又遠い過去から目近《まぢか》い現代へすべり落ちた。そこへ幸いにも来合せたのは或先輩の彫刻家だった。彼は不相変《あいかわらず》天鵞絨《びろうど》の服を着、短い山羊髯《やぎひげ》を反《そ》らせていた。僕は椅子から立ち上り、彼のさし出した手を握った。(それは僕の習慣ではない、パリやベルリンに半生を送った彼の習慣に従ったのだった)が、彼の手は不思議にも爬虫類《はちゅうるい》の皮膚のように湿っていた。
「君はここに泊っているのですか?」
「ええ、……」
「仕事をしに?」
「ええ、仕事もしているのです」
彼はじっと僕の顔を見つめた。僕は彼の目の中に探偵に近い表情を感じた。
「どうです、僕の部屋へ話しに来ては?
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