でゐた。彼等は僕の顔を見ると、僕の前に歩み寄り、口々に僕へ話しかけた。
「大火事でしたわね。」
「僕もやつと逃げて来たの。」
僕はこの年をとつた女に何か見覚えのあるやうに感じた。のみならず彼女と話してゐることに或愉快な興奮を感じた。そこへ汽車は煙をあげながら、静かにプラツトフオオムへ横づけになつた。僕はひとりこの汽車に乗り、両側に白い布を垂らした寝台の間を歩いて行つた。すると或寝台の上にミイラに近い裸体の女が一人こちらを向いて横になつてゐた。それは又僕の復讐の神、――或狂人の娘に違ひなかつた。……
僕は目を醒《さ》ますが早いか、思はずベツドを飛び下りてゐた。僕の部屋は不相変電燈の光に明るかつた。が、どこかに翼の音や鼠のきしる音も聞えてゐた。僕は戸をあけて廊下へ出、前の炉の前へ急いで行つた。それから椅子に腰をおろしたまま、覚束《おぼつか》ない炎を眺め出した。そこへ白い服を着た給仕が一人|焚《た》き木《ぎ》を加へに歩み寄つた。
「何時?」
「三時半ぐらゐでございます。」
しかし向うのロツビイの隅には亜米利加《アメリカ》人らしい女が一人何か本を読みつづけてゐた。彼女の着てゐるのは遠目に
前へ
次へ
全56ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング