ココアを一杯註文した。テエブルにかけたオイル・クロオスは白地に細い青の線を荒い格子に引いたものだつた。しかしもう隅々には薄汚いカンヴアスを露《あらは》してゐた。僕は膠《にかは》臭いココアを飲みながら、人げのないカツフエの中を見まはした。埃《ほこり》じみたカツフエの壁には「親子丼」だの「カツレツ」だのと云ふ紙札が何枚も貼つてあつた。
「地玉子[#「地玉子」に傍点]、オムレツ[#「オムレツ」に傍点]」
僕はかう云ふ紙札に東海道線に近い田舎《ゐなか》を感じた。それは麦畠やキヤベツ畠の間に電気機関車の通る田舎だつた。……
次の上り列車に乗つたのはもう日暮に近い頃だつた。僕はいつも二等に乗つてゐた。が、何かの都合上、その時は三等に乗ることにした。
汽車の中は可也《かなり》こみ合つてゐた。しかも僕の前後にゐるのは大磯かどこかへ遠足に行つたらしい小学校の女生徒ばかりだつた。僕は巻煙草に火をつけながら、かう云ふ女生徒の群れを眺めてゐた。彼等はいづれも快活だつた。のみならず殆どしやべり続けだつた。
「写真屋さん、ラヴ・シインつて何?」
やはり遠足について来たらしい、僕の前にゐた「写真屋さん」は何
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