定《いちぢやう》どこの殿御の目にも二十《はたち》あまりに見えようず」などと、まことしやかに御器量を褒《ほ》め上げ候。なれども秀林院様の御器量はさのみ御美麗と申すほどにても無之、殊におん鼻はちと高すぎ、雀斑《そばかす》も少々お有りなされ候。のみならずお年は三十八ゆゑ、如何に夜目遠目とは申せ、二十あまりにはお見えなさらず候。
 三、澄見のこの日参り候は、内々治部少かたより頼まれ候よしにて、秀林院様のおん住居《すまひ》を城内へおん移し遊ばされ候やう、お勧め申す為に御座候。秀林院様は御勘考の上、御返事なされ候べしと、澄見には御意《ぎよい》なされ候へども、中々しかとせる御決心もつきかね候やうに見上げ候。然れば澄見の下がり候後は「まりや」様の画像の前に、凡《およ》そ一刻に一度づつは「おらつしよ」と申すおん祈りを一心にお捧げ遊ばされ候。何も序《ついで》ゆゑ申し上げ候へども、秀林院様の「おらつしよ」は日本国の言葉にては無之、羅甸《ラテン》とやら申す南蛮国の言葉のよし、わたくしどもの耳には唯「のす、のす」と聞え候間、その可笑《をか》しさをこらふること、一かたならぬ苦しみに御座候。
 四、十二日は別に変り
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