とのことに御座候。わたくしももはや三年あまり、御奉公致し居り候へども、秀林院様は少しもお優しきところ無之《これなく》、賢女ぶらるることを第一となされ候へば、お側に居り候ても、浮きたる話などは相成らず、兎角《とかく》気のつまるばかりに候|間《あひだ》、父の言葉を聞きし時は天へも昇る心地致し候。この日も秀林院様の仰せられ候は、日本国の女の智慧浅きは横文字の本を読まぬゆゑのよし、来世は必ず南蛮国の大名へお輿入《こしい》れなさるべしと存じ上げ候。
二、十一日、澄見《ちようこん》と申す比丘尼《びくに》、秀林院様へお目通り致し候。この比丘尼は唯今城内へも取り入り、中々きけ者のよしに候へども、以前は京の糸屋の後家にて、夫を六人も取り換へたるいたづら女とのことに御座候。わたくしは澄見の顔さへ見れば、虫唾《むしづ》の走るほど厭になり候へども、秀林院様はさのみお嫌ひも遊ばされず、時には彼是《かれこれ》小半日もお話相手になさること有之、その度にわたくしども奥女中はいづれも難渋《なんじふ》仕り候。これはまつたく秀林院様のお世辞を好まるる為に御座候。たとへば澄見は秀林院様に、「いつもお美しいことでおりやる。一
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