るかしら? 惚れてゐると云へば、惚れてゐるやうでもあるし、惚れてゐないと云へば、惚れて、――一体こんな事は考へてゐると、だんだんわからなくなるものだが、まあ一通りは惚れてゐるな。尤もおれの事だから、いくら侍従に惚れたと云つても、眼さきまで昏《くら》んでしまひはしない。何時かあの範実《のりざね》のやつと、侍従の噂《うはさ》をしてゐたら、憾《うら》むらくは髪が薄すぎると、聞いた風な事を云つたつけ、あんな事は一目見た時にもうちやんと気がついてゐたのだ。範実《のりざね》などと云ふ男は、篳篥《ひちりき》こそちつとは吹けるだらうが、好色《かうしよく》の話となつた日には、――まあ、あいつはあいつとして置け。差向きおれが考へたいのは、侍従一人の事なのだから、――所でもう少し欲を云へば、顔もあれぢや寂しすぎるな。それも寂しすぎると云ふだけなら、何処《どこ》か古い画巻《ゑまき》じみた、上品な所がある筈だが、寂しい癖に薄情らしい、妙に落着いた所があるのは、どう考へても頼もしくない。女でもああ云ふ顔をしたのは、存外人を食つてゐるものだ。その上色も白い方ぢやない、浅黒いとまでは行かなくつても、琥珀色《こはくいろ
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