」
義輔 「しかしだね。しかし天才は君の云ふやうに、罪ばかり作つてはゐないぢやないか? たとへば道風の書を見れば、微妙な筆力に動かされるとか、空海上人の誦経《ずきやう》を聞けば――」
範実 「僕は何も天才は、罪ばかり作ると云ひはしない。罪も作ると云つてゐるのだ。」
義輔 「ぢや平中とは違ふぢやないか? あいつの作るのは罪ばかりだぜ。」
範実 「それは我々にはわからない筈だ。仮名も碌《ろく》に書けないものには、道風の書もつまらないぢやないか? 信心気《しんじんき》のちつともないものには、空海上人の誦経《ずきやう》よりも、傀儡《くぐつ》の歌の方が面白いかも知れない。天才の功徳《くどく》がわかる為には、こちらにも相当の資格が入るさ。」
義輔 「それは君の云ふ通りだがね、平中|尊者《そんじや》の功徳なぞは、――」
範実 「平中の場合も同じぢやないか? ああ云ふ好色の天才の功徳は、女だけが知つてゐる筈だ。君はさつきどの位女が平中の為に泣かされたかと云つたが、僕は反対にかう云ひたいね。どの位女が平中の為に、無上の歓喜を味はつたか、どの位女が平中の為に、しみじみ生き甲斐を感じたか、どの位女が平中の為
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