らめき烏帽子《ゑぼし》の下には、下《しも》ぶくれの顔がこちらを見てゐる。そのふつくりと肥つた頬に、鮮かな赤みがさしてゐるのは、何も臙脂《えんじ》をぼかしたのではない。男には珍しい餅肌が、自然と血の色を透《す》かせたのである。髭《ひげ》は品《ひん》の好い鼻の下に、――と云ふよりも薄い唇の左右に、丁度薄墨を刷《は》いたやうに、僅ばかりしか残つてゐない。しかしつややかな鬢《びん》の上には、霞も立たない空の色さへ、ほんのりと青みを映してゐる。耳はその鬢《びん》のはづれに、ちよいと上《あが》つた耳たぶだけ見える。それが蛤《はまぐり》の貝のやうな、暖かい色をしてゐるのは、かすかな光の加減らしい。眼は人よりも細い中《うち》に、絶えず微笑が漂つてゐる。殆《ほとんど》その瞳の底には、何時《いつ》でも咲き匂つた桜の枝が、浮んでゐるのかと思ふ位、晴れ晴れした微笑が漂つてゐる。が、多少注意をすれば、其処《そこ》には必しも幸福のみが住まつてゐない事がわかるかも知れない。これは遠い何物かに、※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]《しやうけい
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