うじんざつし》を出版する事、当世の流行の一つなるべし。されど紙代印刷費用共に甚《はなはだ》廉《れん》ならざる今日《こんにち》、経営に苦しむもの亦《また》少からず。伝へ聞く、ル・メルキウル・ド・フランスが初号を市《いち》に出《いだ》せし時も、元《もと》より文壇不遇の士の黄白《くわうはく》に裕《ゆたか》なる筈なければ、やむ無く一株《ひとかぶ》六十|法《フラン》の債券を同人に募りしかど、その唯一《ゆゐいち》の大《おほ》株主たるジユウル・ルナアルが持株すら僅々《きんきん》四株に過ぎざりしとぞ。しかもその同人の中には、アルベエル・サマンの如き、レミ・ド・グルモンの如き、一代の才人多かりしを思へば、当世流行の同人雑誌と雖《いへど》も、資金の甚《はなはだ》潤沢《じゆんたく》ならざるを憾《うら》むべき理由なきに似たり。唯、得難きは当年のル・メルキウルに、象徴主義の大旆《たいはい》を樹《た》てしが如き英霊底《えいれいてい》の漢《かん》一ダアスのみ。(一月二十六日)

     雅号

 日本の作家今は多く雅号《ががう》を用ひず。文壇の新人旧人を分つ、殆《ほとんど》雅号の有無を以てすれば足るが如し。されば
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