前《さき》に雅号ありしも捨てて用ひざるさへ少からず。雅号の薄命なるも亦《また》甚しいかな。露西亜《ロシア》の作家にオシツプ・デイモフと云ふものあり。チエホフが短篇「蝗《いなご》」の主人公と同名なりしと覚ゆ。デイモフはその名を借りて雅号となせるにや。博覧の士の示教《しけう》を得れば幸甚《かうじん》なり。(一月二十八日)
青楼
仏蘭西《フランス》語に妓楼《ぎろう》を la maison verte と云ふは、ゴンクウルが造語なりとぞ。蓋《けだ》し青楼美人合せの名を翻訳せしに出づるなるべし。ゴンクウルが日記に云ふ。「この年(千八百八十二年)わが病的なる日本美術品|蒐集《しうしふ》の為に費《つひや》せし金額、実に三千|法《フラン》に達したり。これわが収入の全部にして、懐中時計を購《あがな》ふべき四十|法《フラン》の残余さへ止《とど》めず」と。又云ふ。「数日以来(千八百七十六年)日本に赴《おもむ》かばやと思ふ心|止《とど》め難し。されどこの旅行はわが日頃の蒐集《しうしふ》癖を充《みた》さんが為のみにはあらず。われは夢む、一巻の著述を成さん事を。題は『日本の一年』。日記の如き体裁。
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