轤ク。況《いはん》や方今の青年子女、レツテルの英語は解すれども、四書の素読《そどく》は覚束《おぼつか》なく、トルストイの名は耳に熟すれども、李青蓮《りせいれん》の号は眼に疎《うと》きもの、紛々《ふんぷん》として数へ難し。頃日《けいじつ》偶《たまたま》書林の店頭に、数冊の古《ふる》雑誌を見る。題して紅潮社《こうていしや》発兌《はつだ》紅潮第何号と云ふ。知らずや、漢語に紅潮と云ふは女子の月経に外《ほか》ならざるを。(四月十六日)

     入月

 西洋に女子の紅潮《こうてう》を歌へる詩ありや否や、寡聞《くわぶん》にして未《いまだ》之を知らず。支那には宮掖閨閤《きゆうえきけいかふ》の詩中、稀《まれ》に月経を歌へるものあり。王建《わうけん》が宮詞《きゆうし》に曰《いはく》、「密奏君王知入月《くんわうにみつそうしつきにいるをしる》、喚人相伴洗裙裾《ひとをよんであひともなつてくんきよをあらふ》」と。春風《しゆんぷう》珠簾《しゆれん》を吹いて、銀鉤《ぎんこう》を蕩《たう》するの処、蛾眉《がび》の宮人の衣裙《いくん》を洗ふを見る、月事《げつじ》も亦《また》風流ならずや。(四月十六日)

     
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