sな》す可《べか》らず。寿陵余子《じゆりようよし》生れてこの季世にあり。ピロンたるも亦《また》難いかな。(三月四日)

     誤謬

 門前の雀羅《じやくら》蒙求《もうぎう》を囀《さへづ》ると説く先生あれば、燎原《れうげん》を焼く火の如しと辯ずる夫子《ふうし》あり。明治神宮の用材を賛《さん》して、彬々《ひんひん》たるかな文質と云ふ農学博士あれば、海陸軍の拡張を議して、艨艟罷休《もうどうひきう》あらざる可らずと云ふ代議士あり。昔は姜度《きやうと》の子《こ》を誕《たん》するや、李林甫《りりんぼ》|手《しゆ》書を作つて曰《いはく》、聞く、弄※[#「鹿/章」、第3水準1−94−75]《ろうしやう》の喜《よろこび》ありと。客之を視て口を掩《おほ》ふ。蓋し林甫《りんぽ》の璋字《しやうじ》を誤つて、※[#「鹿/章」、第3水準1−94−75]字《しやうじ》を書せるを笑へるなり。今は大臣の時勢を慨するや、危険思想の瀰漫《びまん》を論じて曰、病既に膏盲《かうまう》[#「膏盲《かうまう》」はママ]に入る、国家の興廃旦夕にありと。然れども天下怪しむ者なし。漢学の素養の顧られざる、亦《また》甚しと云はざる可
前へ 次へ
全34ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング