く思ったことが度々ある、だから、為事の上では勿論、実生活の問題でも度々菊池[#「菊池」に丸傍点]に相談したし、これからも相談しようと思っている。たゞ一つ、情事に関する相談だけは持込もうと思っていない。
それから、頭脳《あたま》のいゝことも、高等学校時代から僕等の仲間では評判である。語学なぞもよく出来るが、それは結局菊池[#「菊池」に丸傍点]の分析的の頭脳《あたま》のよさの一つの現われに過ぎないのだと思う。所謂理智の逞ましさにかけては、文壇でも菊池[#「菊池」に丸傍点]の向うを張れる人は、数えるほどもないに違いない。何時か雨の降る日に、菊池[#「菊池」に丸傍点]と外《そと》を歩いていたことがある。僕はその時、ぬかるみに電車の影が映《うつ》ったり、雨にぬれた洋傘が光ったりするのに感服していたが、菊池[#「菊池」に丸傍点]は軒先の看板や標札を覗いては、苗字の読み方や、珍らしい職業の名なぞに注意ばかりしていた。菊池[#「菊池」に丸傍点]の理智的な心の持ち方は、こんな些事にも現われているように思う。
それから家庭の菊池[#「菊池」に丸傍点]は、いゝ良人でもあるし、いゝ父でもあるのみならず、い
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