があると云われれば、己には元より抗弁するだけの理由はない。それにも関らず、己はその嘘だと云う事を信じていた。今でも猶《なお》信じている。
が、この征服心もまた、当時の己を支配していたすべてではない。そのほかに――己はこう云っただけでも、己の顔が赤くなるような気がする。己はそのほかに、純粋な情欲に支配されていた。それはあの女の体を知らないと云う未練ではない。もっと下等な、相手があの女である必要のない、欲望のための欲望だ。恐らくは傀儡《くぐつ》の女を買う男でも、あの時の己ほどは卑しくなかった事であろう。
とにかく己はそう云ういろいろな動機で、とうとう袈裟と関係した。と云うよりも袈裟を辱《はずかし》めた。そうして今、己の最初に出した疑問へ立ち戻ると、――いや、己が袈裟を愛しているかどうかなどと云う事は、いくら己自身に対してでも、今更改めて問う必要はない。己はむしろ、時にはあの女に憎しみさえも感じている。殊に万事が完《おわ》ってから、泣き伏しているあの女を、無理に抱き起した時などは、袈裟は破廉恥《はれんち》の己よりも、より破廉恥な女に見えた。乱れた髪のかかりと云い、汗ばんだ顔の化粧《けしょ
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