黒焼きなどは日本でも嚥《の》んでいる。」
「まさか。」
「いや、まさかじゃない。僕も嚥んだ。尤《もっと》も子供のうちだったが。………」
 僕はこう言う話の中《うち》に玉蘭の来たのに気づいていた。彼女は鴇婦と立ち話をした後、含芳の隣に腰を下ろした。
 譚は玉蘭の来たのを見ると、又僕をそっちのけに彼女に愛嬌《あいきょう》をふりまき出した。彼女は外光に眺めるよりも幾分かは美しいのに違いなかった。少くとも彼女の笑う度にエナメルのように歯の光るのは見事だったのに違いなかった。しかし僕はその歯並みにおのずから栗鼠を思い出した。栗鼠は今でも不相変、赤い更紗《さらさ》の布《きれ》を下げた硝子窓《ガラスまど》に近い鳥籠の中に二匹とも滑らかに上下していた。
「じゃ一つこれをどうだ?」
 譚はビスケットを折って見せた。ビスケットは折り口も同じ色だった。
「莫迦を言え。」
 僕は勿論首を振った。譚は大声に笑ってから、今度は隣の林大嬌ヘビスケットの一片を勧めようとした。林大嬌はちょっと顔をしかめ、斜めに彼の手を押し戻した。彼は同じ常談《じょうだん》を何人かの芸者と繰り返した。が、そのうちにいつの間にか、やはり愛
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