きい、チョコレェトの色に干からびた、妙なものが一枚包んであった。
「何だ、それは?」
「これか? これは唯のビスケットだがね。………そら、さっき黄《こう》六一と云う土匪《どひ》の頭目の話をしたろう? あの黄の首の血をしみこませてあるんだ。これこそ日本じゃ見ることは出来ない。」
「そんなものを又何にするんだ?」
「何にするもんか? 食うだけだよ。この辺じゃ未だにこれを食えば、無病息災になると思っているんだ。」
譚は晴れ晴れと微笑したまま、丁度この時テエブルを離れた二三人の芸者に挨拶《あいさつ》した。が、含芳の立ちかかるのを見ると、殆《ほとん》ど憐《あわれ》みを乞うように何か笑ったりしゃべったりした。のみならずしまいには片手を挙げ、正面の僕を指さしたりした。含芳はちょっとためらった後《のち》、もう一度やっと微笑を浮かべ、テエブルの前に腰を下した。僕は大いに可愛《かわい》かったから、一座の人目に触れないようにそっと彼女の手を握っていてやった。
「こんな迷信こそ国辱だね。僕などは医者と言う職業上、ずいぶんやかましくも言っているんだが………」
「それは斬罪があるからだけさ。脳味噌《のうみそ》の
前へ
次へ
全23ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング