した。
 それから十分ばかりたった後、僕等はやはり向い合ったまま、木の子だの鶏だの白菜だのの多い四川料理《しせんりょうり》の晩飯をはじめていた。芸者はもう林大嬌の外にも大勢僕等をとり巻いていた。のみならず彼等の後ろには鳥打帽子などをかぶった男も五六人|胡弓《こきゅう》を構えていた。芸者は時々坐《すわ》ったなり、丁度胡弓の音に吊られるように甲高い唄《うた》をうたい出した。それは僕にも必ずしも全然面白味のないものではなかった。しかし僕は京調《けいちょう》の党馬や西皮調《せいひちょう》の汾河湾《ふんかわん》よりも僕の左に坐った芸者に遥《はる》かに興味を感じていた。
 僕の左に坐ったのは僕のおととい※[#「さんずい+元」、第3水準1−86−54]江丸《げんこうまる》の上から僅《わず》かに一瞥《いちべつ》した支那美人だった。彼女は水色の夏衣裳の胸に不相変《あいかわらず》メダルをぶら下げていた。が、間近に来たのを見ると、たとい病的な弱々しさはあっても、存外ういういしい処はなかった。僕は彼女の横顔を見ながら、いつか日かげの土に育った、小さい球根を考えたりしていた。
「おい、君の隣に坐っているのはね、
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