は時々話の合い間にこう言う註釈も加えたりした。僕も勿論僕自身に何の損害も受けない限り、決して土匪は嫌いではなかった。が、いずれも大差のない武勇談ばかり聞かせられるのには多少の退屈を感じ出した。
「そこであの女はどうしたんだね?」
 譚はやっとにやにやしながら、内心僕の予想したのと余り変らない返事をした。
「あの女は黄の情婦だったんだよ。」
 僕は彼の註文通り、驚嘆する訣《わけ》には行かなかった。けれども浮かない顔をしたまま、葉巻を銜えているのも気の毒だった。
「ふん、土匪も洒落《しゃ》れたもんだね。」
「何、黄などは知れたものさ。何しろ前清の末年《ばつねん》にいた強盗蔡《ごうとうさい》などと言うやつは月収一万元を越していたんだからね。こいつは上海《シャンハイ》の租界の外に堂々たる洋館を構えていたもんだ。細君は勿論、妾《めかけ》までも、………」
「じゃあの女は芸者か何かかい?」
「うん、玉蘭《ぎょくらん》と言う芸者でね、あれでも黄の生きていた時には中々幅を利かしていたもんだよ。………」
 譚は何か思い出したように少時《しばらく》口を噤《つぐ》んだまま、薄笑いばかり浮かべていた。が、やがて巻煙草を投げると、真面目《まじめ》にこう言う相談をしかけた。
「嶽麓《がくろく》には湘南工業学校と言う学校も一つあるんだがね、そいつをまっ先に参観しようじゃないか?」
「うん、見ても差支えない。」
 僕は煮え切らない返事をした。それはついきのうの朝、或女学校を参観に出かけ、存外|烈《はげ》しい排日的空気に不快を感じていた為だった。しかし僕等を乗せたボオトは僕の気もちなどには頓着《とんちゃく》せず、「中の島」の鼻を大まわりに不相変《あいかわらず》晴れやかな水の上をまっ直《すぐ》に嶽麓へ近づいて行った。………

   * * * * *

 僕はやはり同じ日の晩、或|妓館《ぎかん》の梯子段《はしごだん》を譚と一しょに上って行った。
 僕等の通った二階の部屋は中央に据えたテエブルは勿論、椅子《いす》も、唾壺《たんつぼ》も、衣裳箪笥《いしょうだんす》も、上海や漢口《かんこう》の妓館にあるのと殆《ほとん》ど変りは見えなかった。が、この部屋の天井の隅には針金細工の鳥籠《とりかご》が一つ、硝子窓《がらすまど》の側にぶら下げてあった。その又籠の中には栗鼠《りす》が二匹、全然何の音も立てずに止まり木を上
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