ほひ》、彼の心の底に大きな満足の種を蒔《ま》いた。それが唯、意識せられざる満足として、彼の活動の背景に暖い心もちをひろげてゐた中は、元より彼も行住坐臥に、何等のこだはりを感じなかつたらしい。さもなければ夜伽《よとぎ》の行燈《あんどう》の光の下で、支考と浮世話に耽つてゐる際にも、故《ことさら》に孝道の義を釈《と》いて、自分が師匠に仕へるのは親に仕へる心算《つもり》だなどと、長々しい述懐はしなかつたであらう。しかしその時、得意な彼は、人の悪い支考の顔に、ちらりと閃いた苦笑を見ると、急に今までの心の調和に狂ひの出来た事を意識した。さうしてその狂ひの原因は、始めて気のついた自分の満足と、その満足に対する自己批評とに存してゐる事を発見した。明日にもわからない大病の師匠を看護しながら、その容態をでも心配する事か、徒《いたづら》に自分の骨折ぶりを満足の眼で眺めてゐる。――これは確に、彼の如き正直者の身にとつて、自ら疚《やま》しい心もちだつたのに違ひない。それ以来去来は何をするのにも、この満足と悔恨との扞挌《かんかく》から、自然と或程度の掣肘《せいちう》を感じ出した。将《まさ》に支考の眼の中に、偶然でも微笑の顔が見える時は、反つてその満足の自覚なるものが、一層明白に意識されて、その結果|愈《いよいよ》自分の卑しさを情なく思つた事も度々ある。それが何日か続いた今日、かうして師匠の枕もとで、末期の水を供する段になると、道徳的に潔癖な、しかも存外神経の繊弱な彼が、かう云ふ内心の矛盾の前に、全然落着きを失つたのは、気の毒ではあるが無理もない。だから去来は羽根楊子をとり上げると、妙に体中が固くなつて、その水を含んだ白い先も、芭蕉の唇を撫でながら、頻《しきり》にふるへてゐた位、異常な興奮に襲《おそ》はれた。が、幸《さいはひ》、それと共に、彼の睫毛《まつげ》に溢れようとしてゐた、涙の珠もあつたので、彼を見てゐた門弟たちは、恐《おそら》くあの辛辣《しんらつ》な支考まで、全くこの興奮も彼の悲しみの結果だと解釈してゐた事であらう。
やがて去来が又憲法小紋の肩をそば立てて、おづおづ席に復すると、羽根楊子はその後にゐた丈艸の手へわたされた。日頃から老実な彼が、つつましく伏眼になつて、何やらかすかに口の中で誦《ず》しながら、静に師匠の唇を沾《うるほ》してゐる姿は、恐らく誰の見た眼にも厳《おごそか》だつたの
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