が意外だつた事には、文字通り骨と皮ばかりに痩せ衰へた、致死期の師匠の不気味な姿は、殆面《ほとんどおもて》を背《そむ》けずにはゐられなかつた程、烈しい嫌悪の情を彼に起させた。いや、単に烈しいと云つたのでは、まだ十分な表現ではない。それは恰《あたか》も目に見えない毒物のやうに、生理的な作用さへも及ぼして来る、最も堪へ難い種類の嫌悪であつた。彼はこの時、偶然な契機によつて、醜き一切に対する反感を師匠の病躯《びやうく》の上に洩らしたのであらうか。或は又「生」の享楽家たる彼にとつて、そこに象徴された「死」の事実が、この上もなく呪ふ可き自然の威嚇《ゐかく》だつたのであらうか。――兎に角、垂死《すゐし》の芭蕉の顔に、云ひやうのない不快を感じた其角は、殆《ほとんど》何の悲しみもなく、その紫がかつたうすい唇に、一刷毛《ひとはけ》の水を塗るや否や、顔をしかめて引き下つた。尤《もつと》もその引き下る時に、自責に似た一種の心もちが、刹那に彼の心をかすめもしたが、彼のさきに感じてゐた嫌悪の情は、さう云ふ道徳感に顧慮すべく、余り強烈だつたものらしい。
其角に次いで羽根楊子をとり上げたのは、さつき木節が相図をした時から、既に心の落着きを失つてゐたらしい去来である。日頃から恭謙の名を得てゐた彼は、一同に軽く会釈《ゑしやく》をして、芭蕉の枕もとへすりよつたが、そこに横はつてゐた老俳諧師の病みほうけた顔を眺めると、或満足と悔恨との不思議に錯雑した心もちを、嫌でも味はなければならなかつた。しかもその満足と悔恨とは、まるで陰と日向《ひなた》のやうに、離れられない因縁《いんねん》を背負つて、実はこの四五日以前から、絶えず小心な彼の気分を掻乱《かきみだ》してゐたのである。と云ふのは、師匠の重病だと云ふ知らせを聞くや否や、すぐに伏見から船に乗つて、深夜にもかまはず、この花屋の門を叩いて以来、彼は師匠の看病を一日も怠つたと云ふ事はない。その上|之道《しだう》に頼みこんで手伝ひの周旋を引き受けさせるやら、住吉大明神へ人を立てて病気本復を祈らせるやら、或は又花屋仁左衛門に相談して調度類の買入れをして貰ふやら、殆《ほとんど》彼一人が車輪になつて、万事万端の世話を焼いた。それは勿論去来自身進んで事に当つたので、誰に恩を着せようと云ふ気も、皆無だつた事は事実であるが、一身を挙げて師匠の介抱に没頭したと云ふ自覚は、勢《いき
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