屋を見つめ、こういう問答を重ねた後《のち》、徐《おもむろ》に最後の問を下した。
「そちは塙《ばん》のゆかりのものであろうな?」
古千屋ははっとしたらしかった。が、ちょっとためらった後《のち》、存外《ぞんがい》はっきり返事をした。
「はい。お羞《はずか》しゅうございますが……」
直之《なおゆき》は古千屋の話によれば、彼女に子を一人《ひとり》生ませていた。
「そのせいでございましょうか、昨夜《さくや》も御実検下さらぬと聞き、女ながらも無念に存じますと、いつか正気《しょうき》を失いましたと見え、何やら口走ったように承わっております。もとよりわたくしの一存《いちぞん》には覚えのないことばかりでございますが。……」
古千屋は両手をついたまま、明かに興奮しているらしかった。それはまた彼女のやつれた姿にちょうど朝日に輝いている薄《うす》ら氷《ひ》に近いものを与えていた。
「善《よ》い。善い。もう下《さが》って休息せい。」
直孝は古千屋を退けた後《のち》、もう一度家康の目通《めどお》りへ出、一々彼女の身の上を話した。
「やはり塙団右衛門《ばんだんえもん》にゆかりのあるものでございました。」
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