わいえやす》の耳にもはいらない訣《わけ》には行《ゆ》かなかった。のみならず直孝は家康に謁《えっ》し、古千屋に直之《なおゆき》の悪霊《あくりょう》の乗り移ったために誰も皆恐れていることを話した。
「直之の怨《うら》むのも不思議はない。では早速実検しよう。」
 家康は大蝋燭《おおろうそく》の光の中にこうきっぱり言葉を下《くだ》した。
 夜《よ》ふけの二条《にじょう》の城の居間に直之の首を実検するのは昼間《ひるま》よりも反《かえ》ってものものしかった。家康は茶色の羽織を着、下括《したくく》りの袴《はかま》をつけたまま、式通りに直之の首を実検した。そのまた首の左右には具足をつけた旗本《はたもと》が二人いずれも太刀《たち》の柄《つか》に手をかけ、家康の実検する間《あいだ》はじっと首へ目を注《そそ》いでいた。直之の首は頬たれ首ではなかった。が、赤銅色《しゃくどういろ》を帯びた上、本多正純《ほんだまさずみ》のいったように大きい両眼を見開いていた。
「これで塙団右衛門も定めし本望《ほんもう》でございましょう。」
 旗本の一人、――横田甚右衛門《よこたじんえもん》はこう言って家康に一礼した。
 しかし家
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