は無気味だった。
 それから重吉は茶の間の隣りにやはり床に就いている姑《しゅうとめ》のお鳥を見舞うのだった。お鳥は玄鶴の寝こまない前から、――七八年前から腰抜けになり、便所へも通えない体になっていた。玄鶴が彼女を貰ったのは彼女が或大藩の家老の娘と云う外にも器量望みからだと云うことだった。彼女はそれだけに年をとっても、どこか目などは美しかった。しかしこれも床の上に坐《すわ》り、丹念に白足袋《しろたび》などを繕っているのは余りミイラと変らなかった。重吉はやはり彼女にも「お母さん、きょうはどうですか?」と云う、手短な一語を残したまま、六畳の茶の間へはいるのだった。
 妻のお鈴は茶の間にいなければ、信州生まれの女中のお松と狭い台所に働いていた。小綺麗《こぎれい》に片づいた茶の間は勿論、文化竈《ぶんかかまど》を据えた台所さえ舅や姑の居間よりも遥《はる》かに重吉には親しかった。彼は一時は知事などにもなった或政治家の次男だった。が、豪傑肌の父親よりも昔の女流歌人だった母親に近い秀才だった。それは又彼の人懐《ひとなつ》こい目や細っそりした顋《あご》にも明らかだった。重吉はこの茶の間へはいると、洋服を和
前へ 次へ
全29ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング