げ[#「嗅げ」に傍点]と言って、どんな遠い所の事でも嗅《か》ぎ出して来る利口な犬だ。では、一生|己《おれ》の代りに、大事に飼ってやってくれ。」と言うかと思うと、その姿は霧のように消えて、見えなくなってしまいました。
 髪長彦は大喜びで、この白犬と一しょに里へ帰って来ましたが、あくる日また、山へ行って、何気《なにげ》なく笛を鳴らしていると、今度は黒い勾玉《まがたま》を首へかけた、手の一本しかない大男が、どこからか形を現して、
「きのう己の兄きの足一つの神が、お前に犬をやったそうだから、己も今日は礼をしようと思ってやって来た。何か欲しいものがあるのなら、遠慮なく言うが好い。己は葛城山の手一《てひと》つの神だ。」と言いました。
 そうして髪長彦が、また「嗅《か》げにも負けないような犬が欲しい。」と答えますと、大男はすぐに口笛を吹いて、一匹の黒犬を呼び出しながら、
「この犬の名は飛べ[#「飛べ」に傍点]と言って、誰でも背中へ乗ってさえすれば百里でも千里でも、空を飛んで行くことが出来る。明日《あした》はまた己の弟が、何かお前に礼をするだろう。」と言って、前のようにどこかへ消え失せてしまいました。
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