ような髪長彦《かみながひこ》が、黒犬の背中に跨りながら、白と斑《ぶち》と二匹の犬を小脇にかかえて、飛鳥《あすか》の大臣様《おおおみさま》の御館《おやかた》へ、空から舞い下って来た時には、あの二人の年若な侍たちが、どんなに慌て騒ぎましたろう。
 いや、大臣様でさえ、あまりの不思議に御驚きになって、暫くはまるで夢のように、髪長彦の凜々《りり》しい姿を、ぼんやり眺めていらっしゃいました。
 が、髪長彦はまず兜《かぶと》をぬいで、叮嚀に大臣様に御じぎをしながら、
「私《わたくし》はこの国の葛城山《かつらぎやま》の麓に住んでいる、髪長彦と申すものでございますが、御二方の御姫様を御助け申したのは私で、そこにおります御侍たちは、食蜃人《しょくしんじん》や土蜘蛛《つちぐも》を退治するのに、指一本でも御動かしになりは致しません。」と申し上げました。
 これを聞いた侍たちは、何しろ今までは髪長彦の話した事を、さも自分たちの手柄らしく吹聴していたのですから、二人とも急に顔色を変えて、相手の言《ことば》を遮りながら、
「これはまた思いもよらない嘘をつくやつでございます。食蜃人の首を斬ったのも私《わたくし》たち
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