しっかりと両脇に抱えながら、
「飛べ。飛べ。飛鳥《あすか》の大臣様《おおおみさま》のいらっしゃる、都の方へ飛んで行け。」と、声を揃えて喚《わめ》きました。
髪長彦は驚いて、すぐに二人へとびかかりましたが、もうその時には大風が吹き起って、侍たちを乗せた黒犬は、きりりと尾を捲《ま》いたまま、遥な青空の上の方へ舞い上って行ってしまいました。
あとにはただ、侍たちの乗りすてた二匹の馬が残っているばかりですから、髪長彦は三つ叉になった往来のまん中につっぷして、しばらくはただ悲しそうにおいおい泣いておりました。
すると生駒山《いこまやま》の峰の方から、さっと風が吹いて来たと思いますと、その風の中に声がして、
「髪長彦さん。髪長彦さん。私《わたし》は生駒山の駒姫《こまひめ》です。」と、やさしい囁《ささや》きが聞えました。
それと同時にまた笠置山《かさぎやま》の方からも、さっと風が渡るや否や、やはりその風の中にも声があって、
「髪長彦さん。髪長彦さん。私《わたし》は笠置山の笠姫《かさひめ》です。」と、これもやさしく囁きました。
そうしてその声が一つになって、
「これからすぐに私《わたし》たち
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