と共に、彼の中にある芸術家は当然又後者を肯定した。勿論此矛盾を切抜ける安価な妥協的思想もない事はない。実際彼は公衆に向つて此煮切らない調和説の背後に、彼の芸術に対する曖昧《あいまい》な態度を隠さうとした事もある。
しかし公衆は欺かれても、彼自身は欺かれない。彼は戯作《げさく》の価値を否定して「勧懲《くわんちよう》の具」と称しながら、常に彼の中に磅※[#「石+薄」、第3水準1−89−18]《ばうはく》する芸術的感興に遭遇すると、忽ち不安を感じ出した。――水滸伝の一節が、偶《たまたま》彼の気分の上に、予想外の結果を及ぼしたのにも、実はこんな理由があつたのである。
この点に於て、思想的に臆病だつた馬琴は、黙然として煙草をふかしながら、強ひて思量を、留守にしてゐる家族の方へ押し流さうとした。が、彼の前には水滸伝がある。不安はそれを中心にして、容易に念頭を離れない。そこへ折よく久しぶりで、崋山《くわざん》渡辺登《わたなべのぼる》が尋ねて来た。袴羽織に紫の風呂敷包を小脇にしてゐる所では、これは大方借りてゐた書物でも返しに来たのであらう。
馬琴は喜んで、この親友をわざわざ玄関まで、迎へに出た。
「今日は拝借した書物を御返却|旁《かたがた》、御目にかけたいものがあつて、参上しました。」
崋山は書斎に通ると、果してかう云つた。見れば風呂敷包みの外にも紙に巻いた絵絹《ゑぎぬ》らしいものを持つてゐる。
「御暇なら一つ御覧を願ひませうかな。」
「おお、早速、拝見しませう。」
崋山は或興奮に似た感情を隠すやうに、稍《やや》わざとらしく微笑しながら、紙の中の絵絹を披《ひら》いて見せた。絵は蕭索《せうさく》とした裸の樹を、遠近《をちこち》と疎《まばら》に描いて、その中に掌《たなごころ》を拊《う》つて談笑する二人の男を立たせてゐる。林間に散つてゐる黄葉と、林梢《りんせう》に群《むらが》つてゐる乱鴉《らんあ》と、――画面のどこを眺めても、うそ寒い秋の気が動いてゐない所はない。
馬琴の眼は、この淡彩の寒山拾得《かんざんじつとく》に落ちると、次第にやさしい潤《うるほ》ひを帯びて輝き出した。
「何時もながら、結構な御出来ですな。私は王摩詰《わうまきつ》を思ひ出します。|食随[#二]鳴磬[#一]巣烏下《しよくはめいけいにしたがひさううくだり》、|行踏[#二]空林[#一]落葉声《ゆいてくうりんをふめばらくえふこゑあり》と云ふ所でせう。」
十一
「これは昨日|描《か》き上げたのですが、私には気に入つたから、御老人さへよければ差上げようと思つて持つて来ました。」
崋山は、鬚《ひげ》の痕の青い顋《あご》を撫でながら、満足さうにかう云つた。
「勿論気に入つたと云つても、今まで描いたものの中ではと云ふ位な所ですが――とても思ふ通りには、何時になつても、描けはしません。」
「それは有難い。何時も頂戴ばかりしてゐて恐縮ですが。」
馬琴は、絵を眺めながら、呟《つぶや》くやうに礼を云つた。未完成の儘になつてゐる彼の仕事の事が、この時彼の心の底に、何故かふと閃《ひらめ》いたからである。が、崋山は崋山で、やはり彼の絵の事を考へつづけてゐるらしい。
「古人の絵を見る度に、私は何時もどうしてかう描けるだらうと思ひますな。木でも石でも人物でも、皆その木なり石なり人物なりに成り切つて、しかもその中に描いた古人の心もちが、悠々として生きてゐる。あれだけは実に大したものです。まだ私などは、そこへ行くと、子供程にも出来て居ません。」
「古人は後生《こうせい》恐るべしと云ひましたがな。」
馬琴は崋山が自分の絵の事ばかり考へてゐるのを、妬《ねた》ましいやうな心もちで眺めながら、何時になくこんな諧謔《かいぎやく》を弄した。
「それは後生も恐ろしい。だから私どもは唯、古人と後生との間に挾《はさ》まつて、身動きもならずに、押され押され進むのです。尤もこれは私どもばかりではありますまい。古人もさうだつたし、後生もさうでせう。」
「如何にも進まなければ、すぐに押し倒される。するとまづ一足でも進む工夫が、肝腎《かんじん》らしいやうですな。」
「さやう、それが何よりも肝腎です。」
主人と客とは、彼等自身の語《ことば》に動かされて、暫くの間口をとざした。さうして二人とも、秋の日の静な物音に耳をすませた。
「八犬伝は不相変《あひかはらず》、捗《はか》がお行きですか。」
やがて、崋山が話題を別な方面に開いた。
「いや、一向捗どらんで仕方がありません。これも古人には及ばないやうです。」
「御老人がそんな事を云つては、困りますな。」
「困るのなら、私の方が誰よりも困つてゐます。併しどうしても、之で行ける所迄行くより外はない。さう思つて、私は此頃八犬伝と討死の覚悟をしました。」
かう云つて、馬琴は自ら恥づるもののやうに、苦笑した。
「たかが戯作《げさく》だと思つても、さうは行かない事が多いのでね。」
「それは私の絵でも同じ事です。どうせやり出したからには、私も行ける所までは行き切りたいと思つてゐます。」
「御互に討死ですかな。」
二人は声を立てて、笑つた。が、その笑ひ声の中には、二人だけにしかわからない或寂しさが流れてゐる。と同時に又、主人と客とは、ひとしくこの寂しさから、一種の力強い興奮を感じた。
「しかし絵の方は羨ましいやうですな。公儀の御咎《おとが》めを受けるなどと云ふ事がないのは何よりも結構です。」
今度は馬琴が、話頭を一転した。
十二
「それはないが――御老人の書かれるものも、さう云ふ心配はありますまい。」
「いや、大にありますよ。」
馬琴は改名主《あらためなぬし》の図書検閲が、陋《ろう》を極めてゐる例として、自作の小説の一節が役人が賄賂《わいろ》をとる箇条のあつた為に、改作を命ぜられた事実を挙げた。さうして、それにこんな批評をつけ加へた。
「改名主など云ふものは、咎《とが》め立《だ》てをすればする程、尻尾の出るのが面白いぢやありませんか。自分たちが賄賂をとるものだから、賄賂の事を書かれると、嫌がつて改作させる。又自分たちが猥雑《わいざつ》な心もちに囚《とら》はれ易いものだから、男女《なんによ》の情さへ書いてあれば、どんな書物でも、すぐ誨淫《くわいいん》の書にしてしまふ。それで自分たちの道徳心が、作者より高い気でゐるから、傍《かたはら》痛い次第です。云はばあれは、猿が鏡を見て、歯をむき出してゐるやうなものでせう。自分で自分の下等なのに腹を立ててゐるのですからな。」
崋山は馬琴の比喩が余り熱心なので、思はず失笑しながら、
「それは大きにさう云ふ所もありませう。しかし改作させられても、それは御老人の恥辱になる訳ではありますまい。改名主などが何と云はうとも、立派な著述なら、必ずそれだけの事はある筈です。」
「それにしても、ちと横暴すぎる事が多いのでね。さうさう一度などは獄屋へ衣食を送る件《くだり》を書いたので、やはり五六行削られた事がありました。」
馬琴自身もかう云ひながら、崋山と一しよに、くすくす笑ひ出した。
「しかしこの後五十年か百年経つたら、改名主の方はゐなくなつて、八犬伝だけが残る事になりませう。」
「八犬伝が残るにしろ、残らないにしろ、改名主の方は、存外何時までもゐさうな気がしますよ。」
「さうですかな。私にはさうも思はれませんが。」
「いや、改名主はゐなくなつても、改名主のやうな人間は、何時の世にも絶えた事はありません。焚書坑儒《ふんしよかうじゆ》が昔だけあつたと思ふと、大きに違ひます。」
「御老人は、この頃心細い事ばかり云はれますな。」
「私が心細いのではない。改名主どものはびこる世の中が、心細いのです。」
「では、益《ますます》働かれたら好いでせう。」
「兎に角、それより外はないやうですな。」
「そこで又、御同様に討死ですか。」
今度は二人とも笑はなかつた。笑はなかつたばかりではない。馬琴はちよいと顔を堅くして、崋山を見た。それ程崋山のこの冗談のやうな語《ことば》には、妙な鋭さがあつたのである。
「しかしまづ若い者は、生きのこる分別をする事です。討死は何時でも出来ますからな。」
程を経て、馬琴がかう云つた。崋山の政治上の意見を知つてゐる彼には、この時ふと一種の不安が感ぜられたからであらう。が、崋山は微笑したぎり、それには答へようともしなかつた。
十三
崋山が帰つた後で、馬琴はまだ残つてゐる興奮を力に、八犬伝の稿をつぐべく、何時ものやうに机へ向つた。先を書きつづける前に、昨日書いた所を一通り読み返すのが、彼の昔からの習慣である。そこで彼は今日も、細い行の間へべた一面に朱を入れた、何枚かの原稿を、気をつけてゆつくり読み返した。
すると、何故《なぜ》か書いてある事が、自分の心もちとぴつたり来ない。字と字との間に、不純な雑音が潜んでゐて、それが全体の調和を至る所で破つてゐる。彼は最初それを、彼の癇が昂《たか》ぶつてゐるからだと解釈した。
「今の己の心もちが悪いのだ。書いてある事は、どうにか書き切れる所まで、書き切つてゐる筈だから。」
さう思つて、彼はもう一度読み返した。が、調子の狂つてゐる事は前と一向変りはない。彼は老人とは思はれない程、心の中で狼狽し出した。
「このもう一つ前はどうだらう。」
彼はその前に書いた所へ眼を通した。すると、これも亦《また》徒《いたづ》らに粗雑な文句ばかりが、糅然《じうぜん》としてちらかつてゐる。彼は更にその前を読んだ。さうして又その前の前を読んだ。
しかし読むに従つて拙劣な布置と乱脈な文章とは、次第に眼の前に展開して来る。そこには何等の映像をも与へない叙景があつた。何等の感激をも含まない詠歎があつた。さうして又、何等の理路を辿らない論弁があつた。彼が数日を費して書き上げた何回分かの原稿は、今の彼の眼から見ると、悉《ことごと》く無用の饒舌《ぜうぜつ》としか思はれない。彼は急に、心を刺されるやうな苦痛を感じた。
「これは始めから、書き直すより外はない。」
彼は心の中でかう叫びながら、忌々《いまいま》しさうに原稿を向うへつきやると、片肘《かたひぢ》ついてごろりと横になつた。が、それでもまだ気になるのか、眼は机の上を離れない。彼はこの机の上で、弓張月《ゆみはりづき》を書き、南柯夢《なんかのゆめ》を書き、さうして今は八犬伝を書いた。この上にある端渓《たんけい》の硯《すずり》、蹲※[#「虫+璃のつくり」、第3水準1−91−62]《そんち》の文鎮、蟇《ひき》の形をした銅の水差し、獅子と牡丹《ぼたん》とを浮かせた青磁《せいじ》の硯屏《けんびやう》、それから蘭を刻んだ孟宗《もうそう》の根竹の筆立て――さう云ふ一切の文房具は、皆彼の創作の苦しみに、久しい以前から親んでゐる。それらの物を見るにつけても、彼は自《おのづか》ら今の失敗が、彼の一生の労作に、暗い影を投げるやうな――彼自身の実力が根本的に怪しいやうな、忌《いま》はしい不安を禁じる事が出来ない。
「自分はさつきまで、本朝《ほんてう》に比倫を絶した大作を書くつもりでゐた。が、それもやはり事によると、人並に己惚《うぬぼ》れの一つだつたかも知れない。」
かう云ふ不安は、彼の上に、何よりも堪へ難い、落莫たる孤独の情を齎《もたら》した。彼は彼の尊敬する和漢の天才の前には、常に謙遜《けんそん》である事を忘れるものではない。が、それ丈に又、同時代の屑々《せつせつ》たる作者輩に対しては、傲慢《がうまん》であると共に飽迄《あくまで》も不遜である。その彼が、結局自分も彼等と同じ能力の所有者だつたと云ふ事を、さうして更に厭《いと》ふ可き遼東《れうとう》の豕《し》だつたと云ふ事は、どうして安々と認められよう。しかも彼の強大な「我《が》」は「悟り」と「諦め」とに避難するには余りに情熱に溢れてゐる。
彼は机の前に身を横へた儘、親船の沈むのを見る、難破した船長の眼で、失敗した原稿を眺めながら、静に絶望の威力と戦ひつづけた。もしこの時、彼の後の襖《ふすま》が、けたた
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