下に知られたいと云ふ決心で、専《もつぱ》ら読本《よみほん》の著作に精を出した。八犬伝や巡島記《じゆんたうき》の愛読者である事は云ふまでもない。就いてはかう云ふ田舎《ゐなか》にゐては、何かと修業の妨《さまたげ》になる。だから、あなたの所へ、食客に置いて貰ふ訳には行くまいか。それから又、自分は六冊物の読本の原稿を持つてゐる。これもあなたの筆削《ひつさく》を受けて、然るべき本屋から出版したい。――大体こんな事を書いてよこした。向うの要求は、勿論皆馬琴にとつて、余りに虫のいい事ばかりである。が、耳の遠いと云ふ事が、眼の悪いのを苦にしてゐる彼にとつて、幾分の同情を繋ぐ楔子《くさび》になつたのであらう。折角だが御依頼通りになり兼ねると云ふ彼の返事は、寧《むしろ》彼としては、鄭重《ていちよう》を極めてゐた。すると、折返して来た手紙には、始から仕舞まで猛烈な非難の文句の外に、何一つ書いてない。
自分はあなたの八犬伝と云ひ、巡島記と云ひ、あんな長たらしい、拙劣な読本《よみほん》を根気よく読んであげたが、あなたは私のたつた六冊物の読本に眼を通すのさへ拒《こば》まれた。以てあなたの人格の下等さがわかるでは
前へ
次へ
全47ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング