かみ》様の御供押《おともお》しか何かを勤めた事があるさうで、お屋敷方の案内に明《あかる》いのは、そのせゐださうでございます。引廻しを見たものの話を聞きますと、でつぷりした、愛嬌《あいけう》のある男ださうで、その時は紺の越後縮《ゑちごちぢみ》の帷子《かたびら》に、下へは白練《しろねり》の単衣《ひとへ》を着てゐたと申しますが、とんと先生のお書きになるものの中へでも出て来さうぢやございませんか。」
馬琴は生返事をしながら、又一服吸ひつけた。が、市兵衛は元より、生返事位に驚くやうな男ではない。
「如何《いかが》でございませう。そこで金瓶梅の方へ、この次郎太夫を持ちこんで、御執筆を願ふやうな訳には参りますまいか。それはもう手前も、お忙しいのは重々承知致して居ります。が、そこをどうか枉《ま》げて、一つ御承諾を。」
鼠小僧はここに至つて、忽ち又元の原稿の催促へ舞戻つた。が、この慣用手段に慣れてゐる馬琴は依然として承知しない。のみならず、彼は前よりも一層機嫌が悪くなつた。これは一時でも市兵衛の計に乗つて、幾分の好奇心を動かしたのが、彼自身|莫迦莫迦《ばかばか》しくなつたからである。彼はまづさうに煙
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