はお尋ねに預つて恐縮至極でございますな。手前のはほんの下手《へた》の横好きで今日も運座《うんざ》、明日も運座、と、所々方々へ臆面もなくしやしやり出ますが、どう云ふものか、句の方は一向|頭《あたま》を出してくれません。時に先生は、如何でございますな、歌とか発句とか申すものは、格別お好みになりませんか。」
「いや私は、どうもああ云ふものにかけると、とんと無器用でね。尤《もつと》も一時はやつた事もあるが。」
「そりや御冗談《ごじようだん》で。」
「いや、完く性《しやう》に合はないとみえて、未だにとんと眼くらの垣覗きさ。」
 馬琴は、「性に合はない」と云ふ語《ことば》に、殊に力を入れてかう云つた。彼は歌や発句が作れないとは思つてゐない。だから勿論その方面の理解にも、乏しくないと云ふ自信がある。が、彼はさう云ふ種類の芸術には、昔から一種の軽蔑を持つてゐた。何故かと云ふと、歌にしても、発句にしても、彼の全部をその中に注ぎこむ為には、余りに形式が小さすぎる。だから如何《いか》に巧に詠《よ》みこなしてあつても、一句一首の中に表現されたものは、抒情なり叙景なり、僅に彼の作品の何行かを充《みた》す丈の資格しかない。さう云ふ芸術は、彼にとつて、第二流の芸術である。

       三

 彼が「性に合はない」と云ふ語《ことば》に力を入れた後《うしろ》には、かう云ふ軽蔑が潜んでゐた。が、不幸にして近江屋平吉には、全然さう云ふ意味が通じなかつたものらしい。
「ははあ、やつぱりさう云ふものでございますかな。手前などの量見では、先生のやうな大家なら、何でも自由にお作りになれるだらうと存じて居りましたが――いや、天二物を与へずとは、よく申したものでございます。」
 平吉はしぼつた手拭で、皮膚が赤くなる程、ごしごし体をこすりながら、稍《やや》遠慮するやうな調子で、かう云つた。が、自尊心の強い馬琴には、彼の謙辞をその儘《まま》語《ことば》通《どほ》り受取られたと云ふ事が、先づ何よりも不満である。その上平吉の遠慮するやうな調子が愈《いよいよ》又気に入らない。そこで彼は手拭と垢すりとを流しへ抛《はふ》り出すと半ば身を起しながら、苦い顔をして、こんな気焔《きえん》をあげた。
「尤も、当節の歌よみや宗匠位には行くつもりだがね。」
 しかし、かう云ふと共に、彼は急に自分の子供らしい自尊心が恥づかしく感ぜられた。
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