い響と共に、行長の眠を破ってしまう。ただ行長は桂月香のこの宝鈴も鳴らないように、いつのまにか鈴《すず》の穴へ綿をつめたのを知らなかったのである。
 桂月香と彼女の兄とはもう一度そこへ帰って来た。彼女は今夜は繍《ぬい》のある裳《もすそ》に竈《かまど》の灰を包んでいた。彼女の兄も、――いや彼女の兄ではない。王命《おうめい》を奉じた金応瑞は高々《たかだか》と袖《そで》をからげた手に、青竜刀《せいりゅうとう》を一ふり提《さ》げていた。彼等は静かに行長のいる翠金の帳へ近づこうとした。すると行長の宝剣はおのずから鞘《さや》を離れるが早いか、ちょうど翼《つばさ》の生えたように金将軍《きんしょうぐん》の方へ飛びかかって来た。しかし金将軍は少しも騒《さわ》がず、咄嵯《とっさ》にその宝剣を目がけて一口の唾《つば》を吐きかけた。宝剣は唾にまみれると同時に、たちまち神通力《じんつうりき》を失ったのか、ばたりと床《ゆか》の上へ落ちてしまった。
 金応瑞《きんおうずい》は大いに吼《たけ》りながら、青竜刀の一払いに行長の首を打ち落した。が、この恐しい倭将《わしょう》の首は口惜《くや》しそうに牙《きば》を噛《か》み噛
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