ぐち》を聞いて、にやにや笑ひ出した。
「これが出来たので鷹《たか》ヶ|峯《みね》と鷲《わし》ヶ|峯《みね》とが続いてゐる所が見えなくなりました。茶席など造るより、あの辺の雑木《ざふき》でも払へばよろしいにな。」
小林君が洋傘《かうもり》で指さした方《はう》を見ると、成程《なるほど》もぢやもぢや生え繁つた初夏《しよか》の雑木《ざふき》の梢《こずゑ》が鷹ヶ峯の左の裾を、鬱陶《うつたう》しく隠してゐる。あれがなくなつたら、山ばかりでなく、向うに光つてゐる大竹藪《おほたけやぶ》もよく見えるやうになるだらう。第一その方が茶席を造るよりは、手数《てすう》がかからないのに違ひない。
それから二人《ふたり》で庫裡《くり》へ行つて、住職の坊さんに宝物《はうもつ》を見せて貰つた。その中に一つ、銀の桔梗《ききやう》と金《きん》の薄《すすき》とが入り乱れた上に美しい手蹟《しゆせき》で歌を書いた、八寸四方|位《くらゐ》の小さな軸《ぢく》がある。これは薄《すすき》の葉の垂れた工合《ぐあひ》が、殊に出来が面白い。小林君は専門家だけに、それを床柱《とこばしら》にぶら下げて貰つて、「よろしいな。銀もよう焼けてゐる」
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