りを、日本橋《にほんばし》の方へ歩いて行った。
 露柴は生《き》っ粋《すい》の江戸《えど》っ児《こ》だった。曾祖父《そうそふ》は蜀山《しょくさん》や文晁《ぶんちょう》と交遊の厚かった人である。家も河岸《かし》の丸清《まるせい》と云えば、あの界隈《かいわい》では知らぬものはない。それを露柴はずっと前から、家業はほとんど人任せにしたなり、自分は山谷《さんや》の露路《ろじ》の奥に、句と書と篆刻《てんこく》とを楽しんでいた。だから露柴には我々にない、どこかいなせな風格があった。下町気質《したまちかたぎ》よりは伝法《でんぼう》な、山の手には勿論縁の遠い、――云わば河岸の鮪《まぐろ》の鮨《すし》と、一味相通ずる何物かがあった。………
 露柴はさも邪魔《じゃま》そうに、時々|外套《がいとう》の袖をはねながら、快活に我々と話し続けた。如丹は静かに笑い笑い、話の相槌《あいづち》を打っていた。その内に我々はいつのまにか、河岸の取《とっ》つきへ来てしまった。このまま河岸を出抜けるのはみんな妙に物足りなかった。するとそこに洋食屋が一軒、片側《かたかわ》を照らした月明りに白い暖簾《のれん》を垂らしていた。この店
前へ 次へ
全7ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング