え上る火を感じないわけにも行《ゆ》かないのである。我々は我々自身ではない。実はやはり機関車のやうに長い歴史を重ねて来たものである。のみならず無数のピストンや歯車の集まつてゐるものである。しかも我々を走らせる軌道は、機関車にはわかつてゐないやうに我々自身にもわかつてゐない。この軌道も恐らくはトンネルや鉄橋に通じてゐることであらう。あらゆる解放はこの軌道のために絶対に我々には禁じられてゐる。こういふ事実は恐ろしいかも知れない。が、いかに考へて見ても、事実に相違ないことは確《たしか》である。
 もし機関車さへしつかりしてゐれば、――それさへ機関車の自由にはならない。或機関手を或機関車へ乗らせるのは気まぐれな神々の意志によるのである。ただ大抵《たいてい》の機関車は兎《と》に角《かく》全然さびはてるまで走ることを断念しない。あらゆる機関車の外見上の荘厳はそこにかがやいてゐるであらう。丁度《ちやうど》油を塗つた鉄のやうに。……
 我々はいづれも機関車である。我々の仕事は空の中に煙や火花を投げあげる外《ほか》はない。土手の下を歩いてゐる人々もこの煙や火花により、機関車の走つてゐるのを知るであらう。或
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