味を覚えると、だんだん鼠をとらないやうになるつて。」――彼等はそんなことを話し合つた末、試みに猫を餓ゑさせることにした。
 しかし、猫はいつまで待つても、鼠をとつたことは一度もなかつた。そのくせ鼠は毎晩のやうに天井裏《てんじやううら》を走りまはつてゐた。彼等は、――殊に彼の妻は猫の横着《わうちやく》を憎み出した。が、それは横着ではなかつた。猫は目に見えて痩せて行きながら、掃《は》き溜《だ》めの魚《さかな》の骨などをあさつてゐた。「つまり都会的になつたんだよ。」――彼はこんなことを言つて笑つたりした。
 そのうちに彼等はもう一度|田舎《ゐなか》住ひをすることになつた。けれども猫は不相変《あひかはらず》少しも鼠をとらなかつた。彼等はとうとう愛想《あいそ》をつかし、気の強い女中に言ひつけて猫を山の中へ捨てさせてしまつた。
 すると或晩秋の朝、彼は雑木林《さふきばやし》の中を歩いてゐるうちに偶然この猫を発見した。猫は丁度《ちやうど》雀を食つてゐた。彼は腰をかがめるやうにし、何度も猫の名を呼んで見たりした。が、猫は鋭い目にぢつと彼を見つめたまま、寄りつかうとする気色《けしき》も見せなかつた。しか
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