※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》の高い巻煙草を啣《くわ》えながら、じろじろ私たちの方を窺《うかが》っていたのと、ぴったり視線が出会いました。私はその浅黒い顔に何か不快な特色を見てとったので、咄嗟《とっさ》に眼を反《そ》らせながらまた眼鏡《オペラグラス》をとり上げて、見るともなく向うの桟敷《さじき》を見ますと、三浦の細君のいる桝《ます》には、もう一人女が坐っているのです。楢山《ならやま》の女権論者《じょけんろんしゃ》――と云ったら、あるいは御聞き及びになった事がないものでもありますまい。当時相当な名声のあった楢山と云う代言人《だいげんにん》の細君で、盛に男女同権を主張した、とかく如何《いかが》わしい風評が絶えた事のない女です。私はその楢山夫人が、黒の紋付の肩を張って、金縁の眼鏡《めがね》をかけながら、まるで後見《こうけん》と云う形で、三浦の細君と並んでいるのを眺めると、何と云う事もなく不吉な予感に脅《おびや》かされずにはいられませんでした。しかもあの女権論者は、骨立った顔に薄化粧をして、絶えず襟を気にしながら、私たちのいる方へ――と云うよりは恐らく隣の縞の背広の方
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