手の顔に注《そそ》がずにはいられなかった。すると子爵は早くもその不安を覚ったと見えて、徐《おもむろ》に頭を振りながら、
「しかし何もこう云ったからと云って、彼が私《わたし》の留守中《るすちゅう》に故人になったと云う次第じゃありません。ただ、かれこれ一年ばかり経って、私が再び内地へ帰って見ると、三浦はやはり落ち着き払った、むしろ以前よりは幽鬱《ゆううつ》らしい人間になっていたと云うだけです。これは私があの新橋《しんばし》停車場でわざわざ迎えに出た彼と久闊《きゅうかつ》の手を握り合った時、すでに私には気がついていた事でした。いや恐らくは気がついたと云うよりも、その冷静すぎるのが気になったとでもいうべきなのでしょう。実際その時私は彼の顔を見るが早いか、何よりも先に『どうした。体でも悪いのじゃないか。』と尋《たず》ねたほど、意外な感じに打たれました。が、彼は反《かえ》って私の怪しむのを不審がりながら、彼ばかりでなく彼の細君も至極健康だと答えるのです。そう云われて見れば、成程一年ばかりの間に、いくら『愛《アムウル》のある結婚』をしたからと云って、急に彼の性情が変化する筈もないと思いましたから、そ
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