愛《アムウル》の相手が出来たのだなと思うと、さすがに微笑せずにはいられませんでした。通知の文面は極《ごく》簡単なもので、ただ、藤井勝美《ふじいかつみ》と云う御用商人の娘と縁談が整《ととの》ったと云うだけでしたが、その後引続いて受取った手紙によると、彼はある日散歩のついでにふと柳島《やなぎしま》の萩寺《はぎでら》へ寄った所が、そこへ丁度彼の屋敷へ出入りする骨董屋《こっとうや》が藤井の父子《おやこ》と一しょに詣《まい》り合せたので、つれ立って境内《けいだい》を歩いている中に、いつか互に見染《みそ》めもし見染められもしたと云う次第なのです。何しろ萩寺と云えば、その頃はまだ仁王門《におうもん》も藁葺《わらぶき》屋根で、『ぬれて行く人もをかしや雨の萩《はぎ》』と云う芭蕉翁《ばしょうおう》の名高い句碑が萩の中に残っている、いかにも風雅な所でしたから、実際才子佳人の奇遇《きぐう》には誂《あつら》え向きの舞台だったのに違いありません。しかしあの外出する時は、必ず巴里《パリイ》仕立ての洋服を着用した、どこまでも開化の紳士を以て任じていた三浦にしては、余り見染め方が紋切型《もんきりがた》なので、すでに結婚
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