ではあるし、万一血統を絶《た》やしてはと云う心配もなくはないので、せめて権妻《ごんさい》でも置いたらどうだと勧《すす》めた向きもあったそうですが、元よりそんな忠告などに耳を借すような三浦ではありません。いや、耳を借さない所か、彼はその権妻《ごんさい》と云う言《ことば》が大嫌いで、日頃から私をつかまえては、『何しろいくら開化したと云った所で、まだ日本では妾《めかけ》と云うものが公然と幅を利《き》かせているのだから。』と、よく哂《わら》ってはいたものなのです。ですから帰朝後二三年の間、彼は毎日あのナポレオン一世を相手に、根気よく読書しているばかりで、いつになったら彼の所謂《いわゆる》『愛《アムウル》のある結婚』をするのだか、とんと私たち友人にも見当のつけようがありませんでした。
「ところがその中に私はある官辺の用向きで、しばらく韓国《かんこく》京城《けいじょう》へ赴任《ふにん》する事になりました。すると向うへ落ち着いてから、まだ一月と経たない中に、思いもよらず三浦から結婚の通知が届いたじゃありませんか。その時の私の驚きは、大抵御想像がつきましょう。が、驚いたと同時に私は、いよいよ彼にもその
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