、始めからある敵意が纏綿《てんめん》しているような気がしたのです。ですからその後《ご》一月とたたない中に、あの大川《おおかわ》へ臨んだ三浦の書斎で、彼自身その男を私に紹介してくれた時には、まるで謎《なぞ》でもかけられたような、当惑に近い感情を味わずにはいられませんでした。何でも三浦の話によると、これは彼の細君の従弟《いとこ》だそうで、当時××紡績会社でも歳の割には重用されている、敏腕の社員だと云う事です。成程そう云えば一つ卓子《テエブル》の紅茶を囲んで、多曖《たわい》もない雑談を交換しながら、巻煙草をふかせている間でさえ、彼が相当な才物《さいぶつ》だと云う事はすぐに私にもわかりました。が、何も才物だからと云って、その人間に対する好悪《こうお》は、勿論変る訳もありません。いや、私は何度となく、すでに細君の従弟だと云う以上、芝居で挨拶を交すくらいな事は、さらに不思議でも何でもないじゃないかと、こう理性に訴えて、出来るだけその男に接近しようとさえ努力して見ました。しかし私がその努力にやっと成功しそうになると、彼は必ず音を立てて紅茶を啜《すす》ったり、巻煙草の灰を無造作《むぞうさ》に卓子《テエブル》の上へ落したり、あるいはまた自分の洒落《しゃれ》を声高《こわだか》に笑ったり、何かしら不快な事をしでかして、再び私の反感を呼び起してしまうのです。ですから彼が三十分ばかり経って、会社の宴会とかへ出るために、暇《いとま》を告げて帰った時には、私は思わず立ち上って、部屋の中の俗悪な空気を新たにしたい一心から、川に向った仏蘭西窓《フランスまど》を一ぱいに大きく開きました。すると三浦は例の通り、薔薇《ばら》の花束を持った勝美《かつみ》夫人の額の下に坐りながら、『ひどく君はあの男が嫌いじゃないか。』と、たしなめるような声で云うのです。私『どうも虫が好かないのだから仕方がない。あれがまた君の細君の従弟だとは不思議だな。』三浦『不思議――だと云うと?』私『何。あんまり人間の種類が違いすぎるからさ。』三浦はしばらくの間《あいだ》黙って、もう夕暮の光が漂《ただよ》っている大川の水面をじっと眺めていましたが、やがて『どうだろう。その中に一つ釣《つり》にでも出かけて見ては。』と、何の取《とっ》つきもない事を云い出しました。が、私は何よりもあの細君の従弟から、話題の離れるのが嬉しかったので、『よかろう。
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