び》過去の生活を営むと、畢竟《ひつきやう》何の差違かあらん。予は殺人の計画を再《ふたたび》し、その実行を再し、更に最近一年間の恐る可き苦悶を再せざる可《べか》らず。是果して善く予の堪へ得可き所なりや否や。予は今にして、予が数年来失却したる我《わが》耶蘇基督《ヤソキリスト》に祈る。願くば予に力を与へ給へ。
予は少時より予が従妹たる今の本多子爵夫人(三人称を以て、呼ぶ事を許せ)往年の甘露寺明子《かんろじあきこ》を愛したり。予の記憶に溯《さかのぼ》りて、予が明子と偕《とも》にしたる幸福なる時間を列記せんか。そは恐らく卿等が卒読《そつどく》の煩《はん》に堪へざる所ならん。されど予はその例証として、今日も猶予が胸底に歴々たる一場の光景を語らざるを得ず。予は当時十六歳の少年にして、明子は未《いまだ》十歳の少女なりき。五月某日予等は明子が家の芝生なる藤棚の下《もと》に嬉戯《きぎ》せしが、明子は予に対して、隻脚《せききやく》にて善く久しく立つを得るやと問ひぬ。而して予が否と答ふるや、彼女は左手を垂れて左の趾《あしゆび》を握り、右手を挙げて均衡を保ちつつ、隻脚にて立つ事、是を久《ひさし》うしたりき。頭
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