里半も沖へついている、――そんなことも話にまじっていた。
「そら、Hさん、ありゃいつでしたかね、ながらみ[#「ながらみ」に傍点]取りの幽霊《ゆうれい》が出るって言ったのは?」
「去年――いや、おととしの秋だ。」
「ほんとうに出たの?」
HさんはMに答える前にもう笑い声を洩《も》らしていた。
「幽霊じゃなかったんです。しかし幽霊が出るって言ったのは磯《いそ》っ臭い山のかげの卵塔場《らんとうば》でしたし、おまけにそのまたながらみ[#「ながらみ」に傍点]取りの死骸《しがい》は蝦《えび》だらけになって上《あが》ったもんですから、誰でも始めのうちは真《ま》に受けなかったにしろ、気味悪がっていたことだけは確かなんです。そのうちに海軍の兵曹上《へいそうあが》りの男が宵のうちから卵塔場に張りこんでいて、とうとう幽霊を見とどけたんですがね。とっつかまえて見りゃ何のことはない。ただそのながらみ[#「ながらに」に傍点]取りと夫婦約束をしていたこの町の達磨茶屋《だるまぢゃや》の女だったんです。それでも一時は火が燃えるの人を呼ぶ声が聞えるのって、ずいぶん大騒《おおさわ》ぎをしたもんですよ。」
「じゃ別段その女
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