のはたった一人《ひとり》海水帽をかぶった、背の高いHだった。
「海蛇か? 海蛇はほんとうにこの海にもいるさ。」
「今頃もか?」
「何、滅多《めった》にゃいないんだ。」
僕等は四人とも笑い出した。そこへ向うからながらみ[#「ながらみ」に傍点]取りが二人《ふたり》、(ながらみ[#「ながらみ」に傍点]と言うのは螺《にし》の一種である。)魚籃《びく》をぶら下《さ》げて歩いて来た。彼等は二人とも赤褌《あかふんどし》をしめた、筋骨《きんこつ》の逞《たくま》しい男だった。が、潮《しお》に濡れ光った姿はもの哀れと言うよりも見すぼらしかった。Nさんは彼等とすれ違う時、ちょっと彼等の挨拶《あいさつ》に答え、「風呂《ふろ》にお出《い》で」と声をかけたりした。
「ああ言う商売もやり切れないな。」
僕は何か僕自身もながらみ[#「ながらみ」に傍点]取りになり兼ねない気がした。
「ええ、全くやり切れませんよ。何しろ沖へ泳いで行っちゃ、何度も海の底へ潜《もぐ》るんですからね。」
「おまけに澪《みお》に流されたら、十中八九は助からないんだよ。」
Hは弓の折れの杖を振り振り、いろいろ澪の話をした。大きい澪は渚から一
前へ
次へ
全16ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング