さん、これば何と言うの?」
僕は足もとの草をむしり、甚平《じんべい》一つになったNさんに渡した。
「さあ、蓼《たで》じゃなし、――何と言いますかね。Hさんは知っているでしょう。わたしなぞとは違って土地っ子ですから。」
僕等もNさんの東京から聟《むこ》に来たことは耳にしていた。のみならず家附《いえつき》の細君は去年の夏とかに男を拵《こしら》えて家出したことも耳にしていた。
「魚《さかな》のこともHさんはわたしよりはずっと詳《くわ》しいんです。」
「へええ、Hはそんなに学者かね。僕はまた知っているのは剣術ばかりかと思っていた。」
HはMにこう言われても、弓の折れの杖を引きずったまま、ただにやにや笑っていた。
「Mさん、あなたも何かやるでしょう?」
「僕? 僕はまあ泳ぎだけですね。」
Nさんはバットに火をつけた後《のち》、去年水泳中に虎魚《おこぜ》に刺《さ》された東京の株屋の話をした。その株屋は誰が何と言っても、いや、虎魚《おこぜ》などの刺す訣《わけ》はない、確かにあれは海蛇《うみへび》だと強情を張っていたとか言うことだった。
「海蛇なんてほんとうにいるの?」
しかしその問に答えた
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