「水母かも知れない。」
 しかし彼等は前後したまま、さらに沖へ出て行くのだった。
 僕等は二人の少女の姿が海水帽ばかりになったのを見、やっと砂の上の腰を起した。それから余り話もせず、(腹も減っていたのに違いなかった。)宿の方へぶらぶら帰って行った。

        三

 ……日の暮も秋のように涼しかった。僕等は晩飯をすませた後《のち》、この町に帰省中のHと言う友だちやNさんと言う宿の若主人ともう一度浜へ出かけて行った。それは何も四人とも一しょに散歩をするために出かけたのではなかった。HはS村の伯父《おじ》を尋ねに、Nさんはまた同じ村の籠屋《かごや》へ庭鳥《にわとり》を伏せる籠を註文《ちゅうもん》しにそれぞれ足を運んでいたのだった。
 浜伝《はまづた》いにS村へ出る途《みち》は高い砂山の裾《すそ》をまわり、ちょうど海水浴区域とは反対の方角に向っていた。海は勿論砂山に隠れ、浪の音もかすかにしか聞えなかった。しかし疎《まば》らに生《は》え伸びた草は何か黒い穂《ほ》に出ながら、絶えず潮風《しおかぜ》にそよいでいた。
「この辺《へん》に生えている草は弘法麦《こうぼうむぎ》じゃないね。――N
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