神を発揮してか?――だがあいつも見られていることはちゃんと意識しているんだからな。」
「意識していたって好いじゃないか。」
「いや、どうも少し癪《しゃく》だね。」
 彼等は手をつないだまま、もう浅瀬へはいっていた。浪《なみ》は彼等の足もとへ絶えず水吹《しぶ》きを打ち上げに来た。彼等は濡れるのを惧《おそ》れるようにそのたびにきっと飛び上った。こう言う彼等の戯《たわむ》れはこの寂しい残暑の渚と不調和に感ずるほど花やかに見えた。それは実際人間よりも蝶《ちょう》の美しさに近いものだった。僕等は風の運んで来る彼等の笑い声を聞きながら、しばらくまた渚から遠ざかる彼等の姿を眺めていた。
「感心に中々勇敢だな。」
「まだ背《せ》は立っている。」
「もう――いや、まだ立っているな。」
 彼等はとうに手をつながず、別々に沖へ進んでいた。彼等の一人は、――真紅《しんく》の海水着を着た少女は特にずんずん進んでいた。と思うと乳ほどの水の中に立ち、もう一人の少女を招きながら、何か甲高《かんだか》い声をあげた。その顔は大きい海水帽のうちに遠目《とおめ》にも活《い》き活《い》きと笑っていた。
「水母《くらげ》かな?」
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