そうして僕が眼を外《そ》らせば、じっとまたこちらを見つめている。何だか翡翠《ひすい》の簪《かんざし》や金の耳環《みみわ》が幕の間《あいだ》に、ちらめくような気がするが、確かにそうかどうか判然しない。現に一度なぞは玉のような顔が、ちらりとそこに見えたように思う。が、急にふり返ると、やはりただ幕ばかりが、懶《ものう》そうにだらりと下《さが》っている。そんな事を繰《く》り返している内に、僕はだんだん酒を飲むのが、妙につまらなくなって来たから、何枚かの銭《ぜに》を抛《ほう》り出すと、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》また舟へ帰って来た。
「ところがその晩舟の中に、独りうとうとと眠っていると、僕は夢にもう一度、あの酒旗の出ている家《うち》へ行った。昼来た時には知らなかったが、家《うち》には門が何重《なんじゅう》もある、その門を皆通り抜けた、一番奥まった家《いえ》の後《うしろ》に、小さな綉閣《しゅうかく》が一軒見える。その前には見事な葡萄棚《ぶどうだな》があり、葡萄棚の下には石を畳《たた》んだ、一丈ばかりの泉水がある。僕はその池のほとりへ来た時、水の中の金魚が月の光に、はっき
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