男の夢を見た二三日|後《のち》、お蓮は銭湯《せんとう》に行った帰りに、ふと「身上判断《みのうえはんだん》、玄象道人《げんしょうどうじん》」と云う旗が、ある格子戸造《こうしどづく》りの家に出してあるのが眼に止まった。その旗は算木《さんぎ》を染め出す代りに、赤い穴銭《あなせん》の形を描《か》いた、余り見慣れない代物《しろもの》だった。が、お蓮はそこを通りかかると、急にこの玄象道人に、男が昨今どうしているか、占《うらな》って貰おうと云う気になった。
 案内に応じて通されたのは、日当りの好《い》い座敷だった。その上主人が風流なのか、支那《シナ》の書棚だの蘭《らん》の鉢だの、煎茶家《せんちゃか》めいた装飾があるのも、居心《いごころ》の好《よ》い空気をつくっていた。
 玄象道人は頭を剃《そ》った、恰幅《かっぷく》の好《い》い老人だった。が、金歯《きんば》を嵌《は》めていたり、巻煙草をすぱすぱやる所は、一向道人らしくもない、下品な風采《ふうさい》を具えていた。お蓮はこの老人の前に、彼女には去年|行方《ゆくえ》知れずになった親戚のものが一人ある、その行方を占って頂きたいと云った。
 すると老人は座敷の
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